double standard

平成仮面ライダーへの思い入れを語ります。現在は更新停滞中。

小説 仮面ライダーファイズ


著者:井上敏樹
出版社: 講談社 (2013/1/30)
ISBN-10: 4063148548
ISBN-13: 978-4063148541

あの戦いから5年後…
って本体の8割は本放送時刊行の『異形の花々』の再録なんだけれども。しかし残りの2割に価値があるのだ。

とはいえ、DCDやyoutubeの配信で最近知った人はもう前のは手に入れにくいだろうし、これはこれで意味があるとは思うです。
わたしも『異形の花々』はざっと目を通しただけだったので、今回あらためて読めて良かった。

まあ、描写がね…ちょっとどころか気持ち悪いんだよね。エログロ自体は別にいいんだけど、敏樹氏なんていうか…そうだ、センスない。敏樹氏は好きだしすげー!ってところも大なんだけどこういうところ辟易するです(本編もそうなんだよな)。
それでも読了後2日間くらいこの小説について考え込んでしまったので、モノとしてはやっぱり力があると思います。

例によって長いので畳みます。話が長いのはオタクの業!

再読「異形の花々」
そもそもの『異形の花々』ですが、これは正しくノベライズで、本編の語り直しです。ただ、敏樹氏自身が「すべて削ぎ落としたファイズの究極形」と公言していますので、単なる移植とは意味が異なっています。

王もラッキークローバーも出てこず、最終決戦もない。
巧・啓太郎・真理、木場・海堂・結花、そして草加と流星塾。彼らの糸が交錯する話です。

わたしはこれ、前に読んだとき、登場人物が整理されているのが「究極形」の意味なのかな、と考えていました。
いまあらためて読み直して、解釈がちょっと違ってきています。
これ、巧(=ファイズ)(=ヒーロー)の話じゃないよね。
視点がそうだってだけじゃなく、これ、真理の話なんじゃないかね。
そして真理は読者(あるいは視聴者)そのものなんじゃないかね。


「ちょっと最低」なのは誰なのか
一般的に役割分担として、巧=ヒーロー、真理=ヒロイン、啓太郎=一般視点だと理解されていると思うんですけど、そうじゃなくて、真理が一般視点で啓太郎がヒロインなんじゃないか、と思うんです。
というのは、この話において啓太郎に未熟さはないから。完成された人間として彼は人を救います。これは感情移入する対象ではありません。
一方真理は迷ったり、間違ったことをしたり、非常に不安定です。木場がオルフェノクであると知って彼を切り捨てようとしてしまったり。むかしは、こういうところが好きになれないな、敏樹氏はヒロインに嫌な描写するな、と思ったりしましたが、いまになればむしろ真理の気持ちが理解できてしまいます。
真理がやたらモテるのは、ほら、少女漫画の主人公みたいなもんだと思うの、どうでしょう(笑)。
持ち上げられる一方で、感情の揺れ動きはわたしたちと変わらない。これこそ語り手です。
だから、ここで描かれているのは、ヒーローとヒロインに挟まれた、どちらにもなれない一般人の迷いの物語なんじゃないでしょうか。
そしてそれこそが「ファイズ」の本質である――
本編ではヒーローの苦悩として描かれた分観客である我々はまだ安全地帯にいられたけれども、そのオブラートをはずして突きつけたのがこの小説……なのかな。


真理が知らないうちに巧に約束してしまった「強く生きる」「正しく生きる」。
けれどそれは本当に難しくて、日々挫折して。
でも、それでも――

ああやっぱり巧はヒーローだ。


書き下ろし『五年後』
この書き下ろし目当てで買った&購入検討の方も多いでしょう。『異形の花々』より5年後の話です。
しかし期待を裏切るように巧の姿はなく、啓太郎すら日本にはおらず、語り手の真理ひとり。そして真理はまた迷っています。
というのは、『異形の花々』で彼女たちに託された啓太郎と結花の子・勇介が、ある意味で予想通り、人間とは違った成長を遂げつつあるからです。

ヒーローとヒロインがいなくなってしまった世界で。久しぶりの『ファイズ』との再会だというのになんと荒涼としたものか。いや、これこそが『ファイズ』なのか。

色を添える(笑)ように草加がなんとオルフェノクとして復活。しかもそれがスパイダーオルフェノクって意味が濃厚だな!草加は便利(笑)。そして敏樹氏は愛しすぎ(笑)。

勢い込んで読んだものの、やっぱりすかっとしないし、新たな展開はあるも進展があるようでないようで。でも、これが『ファイズ』の世界なんだよな。
これを読んで、ああやっぱり『ファイズ』は迷いの物語なんだなって再確認しました。ただ、この話ではやっと一歩踏み出したような気がして、続きが書かれた意味があると思います。

あれだけの話があったのに、また真理迷ってるのか!と呆れた人もいるんじゃないかな。
でも、だって真理はわたしたちだから。
たぶんこれからも迷うんだろう。けれど。それでも前に。

映画版を思わせるラスト。けれど決定的な違いはそこに勇介がいること。
オルフェノクである巧と人間である真理と、啓太郎(人間)と結花(オルフェノク)の子であり名を木場から貰っている勇介。血は一つも繋がっていないけれど、この三人は魂の親子なんだ。こういう配置は本当に敏樹氏はうまいな、って思うぜ。