double standard

平成仮面ライダーへの思い入れを語ります。現在は更新停滞中。

小説 仮面ライダーウィザード


著者:きだ つよし
出版社: 講談社 (2014/11/1)
ISBN-10: 4063148718
ISBN-13: 978-4063148718

注:この小説の著者は、井上敏樹ではありません。


感想を上げるのが大変遅くなりました。読むのはすぐに読んでいたのですが。

さて、それにしても。このシリーズ、なんか毎回これを言っている気がするんだけど、……期待せずにいてすみませんでした!
いままで、きださんの平成ライダー仕事を見てきてですね。驚くほど「毒」のない作家だなあ、それはそれでヒーロー物の関係者としては得がたいけど、踏み込みの強さに関しては期待するもんじゃないなあ……とか考えていたんですけど。
ところがどっこい。どうした!『小説 仮面ライダーウィザード』ここまでしっかり踏み込むんだ!

この小説のテーマは晴人くん本人。ああ、確かに唯一残っていた部分はこれだ!

おお、すごいなあ。TV本編もお話としてちゃんと終わっているけれど、それでも残った部分があって。でもそれも、番外編や冬映画ですくいあげて。きっちり終わったなあ、と思っていたら!未来に繋げるのが残っていた、とはね!
『ウィザード』は本当に丁寧な作品だなあ。
昨今、ここまできっちりきっちり終わっていく物語というのはあまりないのではないでしょうか。

後日談――という呼び方はしっくりこないなあ。なんかねえ、未来を感じるよ。
仮面ライダーウィザード、未来へ

……ただ。
ただ、付け加えなければならないのが、これはある種の方々にとっては確実なる鬼門であるということ。
具体的に言うと、晴人くんとコヨミちゃんカップル至上主義の方。
いや、お話としてはすごく真っ当ですよ。『仮面ライダーウィザード』という物語を未来に繋げるのに、正直、確かにこれ以上は思いつけない。
この小説で描かれた設定も、後付けじゃなくて、きっと本編もきださんはそのつもりだったんだろうなあ、と思うし。
ただまあ、至上主義でもないわたしですら些かショックはあったんで……
CAUTION!とだけは伝えておきますです。

それでは以下、ネタバレ感想です。

あらすじ

番外編も冬映画も経て、結局、晴人くんは東京に戻ってきたもよう。まあ、旅に出ていた理由がホープの指輪を眠らせることだったわけですから、それが冬映画で済んだので、当然か。
警察に協力してファントムハンターとして過ごす。それはそれで、変わらない、確かな日々。
けれどもしかしたら、すべてが終わったということは、ついに自分と向き合わなければならない、ということなのかもしれない。

謎の鏡の力で、黒い晴人が出現する。

黒い晴人は晴人から別れた「本音」の分身。そいつが、晴人くんが苦汁を飲んで振り切ってきた過去や思いのアレコレをひっくり返そうとします。
晴人は当然、それを止めたい。けれど、敵が行っているのはまぎれもなく自分がしたかったこと。自分の眼前で自分の本音が暴れまくるのを突きつけられる!

どうする、操真晴人!

まさかの主人公解体

テーマは、晴人とはいったいなんだったのか
正直、そのものずばりなテーマを扱ってくれるとは思っていませんでした。
また、それだって、きださんが、よもや晴人くんをここまで徹底的に追い込むとは思いもしませんでした。
痛みを隠してキザに振舞う。それはヒーローらしさと言えば、らしさだから。そこを突いて立ち直らせるにしても、わりと予定調和に終わらせるかと思ってました。言っちゃえば、『小説 仮面ライダー響鬼』みたいに。

でもこの小説では、めちゃくちゃ責めます。魔法使いとなったことも、コヨミの死を受け入れたことも、結局は弱かったからそうしたんじゃないのか、と。

自分自身の心の闇と向き合って、成長する。というのは、オーソドックスな手法ではあります。
だけど、『ウィザード』は本編でそれを敢えて避けようとしていた印象があるんですよね。だから、それをやっとやった、というのは大きな意味があると思うし、本編に対して抱いていた歯がゆさが解消されて、わたしは評価したいです。

まあでも、しょうがないんですよね。凛子ちゃんとのことはともかくとして、コヨミちゃんを失う、という最大の葛藤は本編後のお話にしかなり得ないし。
いや、前に出して展開させる手はあるのですが(そして歴代平成ライダーはそれをやるけど)、それをすると複雑になりすぎるからね。『ウィザード』が目指した「わかりやすくかっこいいヒーロー」からははずれてしまうから。
いや、TV本編はあれはあれで良いと思っていますよ。子ども向け番組として、かっこいい要素を前面に押し出して終える、というのは。
ただ、ここまで言及したものを後ででも見せてもらえるというのは嬉しいです。


「起こったことを受け入れ、前に進んでいく」のが晴人の持つ「強さ」である、という結論が本編に引き続き語られています。そうそう、ちゃんと本編でも主人公らしさはここだとは言われているんですよね。
そういうことを普通に描くなら、それが出来てしまう超人的な主人公にするんでしょうが。『ウィザード』の珍しさは、それが超人的ではない主人公だったことで。しかし、だからか、TV本編だけだとちょっとアピール不足があったかもしれません。
この小説では、本当に強烈に自己の後悔と向き合わせているので、ようやく晴人くんの持つ輝き――「普通の人間であるけれどヒーローをすることができる」のがどれほどの輝きなのか、が鮮明になったなあ、と思います。


ところで、「起こったことを受け入れ、前に進んでいく強さ」っていうのは、つまりは「真っ当さ」だとわたしは思っています。それは、強烈な個性がなくても誰でも出来る普遍的なもので、さして珍しいものではありません。人が泣いていることに反応して、命を賭けようというような思い切りのようには。
けれど、真っ当ということが、実はなにより難しい。だって人間誰しもエゴがあるから。
単純でものすごく難しいことをやってのけちゃってるのが、『ウィザード』のおもしろみだとわたしは思っています。

まさかのダブルヒロイン論争決着

さて。まあしかし、本作一番の問題点は、ここでしょう。

晴人が突きつけられる葛藤は大きく二つあって、一つがコヨミちゃんが失われるのを見届けたこと。んでもう一つが――なんとこれが、凛子ちゃんへの欲望(『オーズ』的に言うと)。
で、それを受け入れることで、晴人は大きく殻を破ることが出来る、というのがこのお話の趣旨なのですが。
これね、ちょっとショックな人は多いと思うけど……でもまあ、本編見てるとそうなるのはわかる気がする。

というのは、コヨミちゃんに対しては、まあヒーロー番組の制約もあって抑えに抑えた結果、清らかになりすぎちゃったところがあるから。まあ、余白を妄想するのがファンの楽しみではあるのですが。
コヨミちゃんが(人形であることは差し引いても)どうしても象徴的なものである一方、凛子ちゃんは現世的なんですよね。だから、晴人くんがこの先を人間の中で生きていくなら、選ぶ相手が凛子ちゃんというのは非常に納得できるんですよ。
そして、安心もする。

個人的にはヒーローにも生きていって欲しいので、こうして地上に引き止めてくれる相手がいるのはほっとします。

それに、いつか二人の間に生まれる子どもがコヨミちゃんの転生というなら、それはなんというか、晴人くんにも優しい話だと思うよ。ある意味、凛子ちゃんがちょっとかわいそうなくらい(笑)。
正直、この小説で一番わりを食っているのは凛子ちゃんのような気もする。


でもこれ、受け入れられない人は多いと思うんだよなあ……
『ウィザード』はきっちりきっちり終わっていって、そのまさに「真っ当さ」が「らしい」と言えばらしいのですが。こうして、余白を潰されていくのは、ちょっとファンとしては寂しいところはありますよね。



ともあれ、主人公である晴人もそうだし、物語としても、未来へ開けていて、わたしはこの小説好きですね。
表紙にはちゃんと魔方陣も描いてあってかっこいいぞ!

……しかし、敏樹御大もかくやの濡れ場(未遂)にはいろんな意味でハラハラした(笑)。なんだ、きださん、こんなのも書けるんじゃん〜!

おまけ:その他の人々

  • 相変わらず仁藤はおいしく、かっこいい。そして、存在意義がいまいち不明だ。晴人くんにとっても、結局なんなのさ!
  • わたしはわりと瞬平が好きです。今回も、彼の突拍子のなさが晴人くんを救います。いい弟子じゃん!いやなんか、わたし、瞬平に対しては結局、晴人くんは素顔を見せているような気がするんですよ。
  • 輪島のおっちゃんは、本当にいいおっちゃんだ。この、優しく見守ってくれているところが大好きだ。
  • ミサちゃんや譲くん、山本さんも出てきてくれて嬉しい。ミサちゃんは動かしがってがいいですね。
  • 店長の出張り方が良かったです。いいアクセントだな〜。