double standard

平成仮面ライダーへの思い入れを語ります。現在は更新停滞中。

小説 仮面ライダー龍騎

これにて、小説版仮面ライダーシリーズ完結!


著者:井上敏樹
出版社:講談社 (2013/8/30)
ISBN-10:406314853X
ISBN-13:978-4063148534

たびたびの刊行予定変更を経て、大トリは『龍騎』となりました。
そういえば新宿紀伊国屋本店のコーナーには手書きのPOPで刊行予定が置いてあったのですが、ナチュラルに『フォーゼ』と『ウィザード』も書かれていて「おいおい」と思ったものですがアレは修正されたのかしら…
でもしれっと『フォーゼ』以降が出版されても驚かない!

さてファンの方は知っての通り、龍騎』という作品はマルチエンディングです。本編を主として、すでに映画版、TVSP版と結末を異とするお話が語られています。
そういうわけで、たぶんわたしを含めたファンの大方はこのノベライズ版もその一つになるのではないか…と思っていのではないでしょうか。当たりです。
うーん、だから「まあそうだよね」と思う一方、意表をついて本編のこぼれ話とかして欲しかったなあ…などとも思うわけです。だって基本の流れは一緒なんだもん。

とはいえ、今回のこのノベライズ版、ちょっと感触が違う。
これは井上敏樹版『龍騎と言った方が近い気がする。本編を主としたたくさんある『龍騎』の物語の一つ……というよりは。

龍騎』の基本設定を井上敏樹が書いたらどうなるか、っていう感じというか。いや、映画版もTVSP版も敏樹氏なんですが、あれはやっぱり他の要因がいっぱいあるから純粋に敏樹氏の作品ではないんですよね。小説は一人作業なんで作者の特徴がダイレクトに出てきちゃうんですよ。

よって井上敏樹の筆が好きな人は満足すると思うんですが、そうじゃない人にどうなのかは若干不安。
わたしは前者なんで、おもしろく読んだは読んだのですが、そういうわけで今回は評価に困っています。…でも無難にもう一編新しい『龍騎』が追加されてもそれはそれでつまらなかったような気もするので、特徴があるということは悪いことではないとも思います。
お話としてはまとまっているよ!あと、『龍騎』を知らない人には大丈夫だと思います。

全体論はここまでとして、以下はネタバレ感想です。真司と蓮の、出会って戦う物語!

真司と蓮の、出会って戦う物語

いや今思いついたフレーズなんですが、これが一番この作品を説明するのに相応しいような気がします。
映画版でもTVSP版でもそうでしたが、敏樹氏は結局このお話を「二人の男の最終的に友情に着地する物語」と捉えているのかもしれません。正義とはなんなのか、なにが正義なのか、そういうテーマなんかよりも。

ストーリーとしては『龍騎』以外のなにものでもないので細部の感想を思ったまま書きます。

「仮面装着者」と書いて「仮面ライダー」ってカッコイイなー。

全体に映画版に雰囲気は近いかも。


科学とは魔術のことである

この小説で一番「おおっ」っとなったのがライダーバトル錬金術と解釈しているらしいところでした。
これ、言われて目からウロコ。そーだよなー、命を生み出すって言ったら錬金術だわ。当初からの予定ではないけれども、物語の構造がループって辺りもウロボロスの蛇。
小説の中でカードデッキならぬエンブレムがキーアイテムとして出てくるんですけど、使われている金属を指して「金と銀の中間の色合いでひどく軽い。軽い割には頑丈だった」ってオリハルコンのことですよね?(ウロ覚え)

ただ星座が要所要所に出てくるのがちょっと解せなくて引っかかっています。占星術錬金術はまあともに18世紀の学問だけども…まあモチーフなだけだしあんまり気にしなくてもいいかな。

この設定のせいか、全体に不穏な感じがしてGOODです。


人物設定・アレンジ

約230Pの小説ということで、ギュッと圧縮されて主な登場人物は真司と蓮。それから美穂(キタ!)。北岡&吾郎と浅倉はにぎやかし。この二人の間に特には因縁はありません、要注意。そして手塚は出ません、要注意!
あ、あと冒頭で雑魚っぽくカニが死にます(重要なネタバレ)。
美穂うれしいなー、わたし美穂好きなんですよ。真司くんにも春が来て良かったね!ノリツッコミ楽しい!
蓮と優衣がオトナの関係。今回、優衣は「優衣ちゃん」なんてことはなくて物語のキーとなる不安定な人物と設定されています。あんまり敏樹氏は思い入れはないのかしら。でも確かに作品構造的にはお人形さんなのよね。

吾郎ちゃんの改変の具合は敏樹氏の趣味、って感じですが、忠誠心がより際立って良し。実在の病気について言うのもアレなんですが、北岡の病を若年性アルツハイマーに設定してるのも良し。知性にプライドのある北岡にとって、単純に死ぬよりも回避したい病だと思うから。死を賭してまでこんなゲームに身を捧げなければならない切羽つまり感というものが増しています。

浅倉……は……うん。基本、どんなトンデモ設定がきても微笑んで流す穏健なわたしでさえこれは突っ込まずにはいられない。どこの舞城王太郎だ!!!

蓮の(今回設定された)過去は小説版『アギト』の涼と一緒じゃないですかっていうかそうだね大体一緒だね。
恵理と真司が同じタイプの純粋な心の持ち主で、だから蓮が心を許すっていうのは、なんかもう、そういうのツボです。


解釈を巡って

で、真司の過去も今回設定されているのですが。
わたしは真司というキャラクターの最大の魅力はその普通さで、ゆえにこそ極限に放り込まれた善人の生き様が描かれて『龍騎』という作品に厚みが増したと捉えているので、正直、過去が設定されるというのは敏樹氏とは解釈が違うなあ、という感想になります。
語るべき過去があると真司くんにも戦う意味が初めから与えられちゃうんですよね。それは違うなあ、と。

だからそれで本編とは別の物って感触があるのかもしれない。あの本編でひりつくように展開された正義の話はここにはないから。それはそれで、この小説は小説でお話としてまとまっているし、ちゃんとおもしろいし構わないんですけどね。今回のノベライズは本当にバトルロワイヤルの中で人が出会って愛して戦う話に集約されている。その辺、『555』のノベライズとも違うんだよなー。

とはいえこの過去は、でも、それだけ見ればすごくおもしろい。敏樹氏の描く純粋な人間の中でも屈折があるっていうのは珍しいと思うし、こういう「祭り」を背負った人間があのライダーバトルで身を削って結局あの結末っていうのは、なんというかやる瀬なくて好きだな。


…っていうか、敏樹氏は登場人物の過去を設定しないと話が進められないのかそれともページ稼ぎなのか。形態が変わったら内容も変わっちゃう過去にあんまり親身になれないんだよなあ……小説版『DCD』くらいの使い方がいいんだけどなあ。


鏡とは二つの像の物語

さてこのお話。登場人物の絡み方はともかくとして、ライダーバトルの設定がかなり違うので戸惑う人も多いかと思います。けれど本質は「願いをかなえるために仮面を付けて戦う」なので、やっぱりこれは『龍騎』の話ですよ。
そしてラストページ、最後の一騎打ちをする真司と蓮。この姿は、この思いは、どの時空どの『龍騎』でも一緒。それだから、わたしは満足してページを閉じるのです。ああまたこの二人に会えた、この二人の物語を見れた…

戦いの結末はわからないまま。わたしは思いの強さで蓮が勝ったような気がしますが。でも、どっちに転んでもいい。二人の願いにそれほど距離はないのだから。
真司くんが、俺のは夢だから叶わなくていい、って言うの、いいな。優しさ美しさが集約されていて、好きだな。


真司には美穂、蓮には優衣。鏡を挟んで像が対称になるように、たぶんこの小説はそういう風に設定されている。
だから『小説 仮面ライダー龍騎』は、真司と蓮のお話だ。